Welcome
to
nickcage 's
Trance-for-Beginners




はじめてのトランス (その1)
●テクノとしての「トランス」前史



 とりあえずはサウンドの特徴だ。冒頭ではトランス、トランスと何のためらいもなく使ったけれど、その言葉があらわす音楽の範疇はそう明確ではない。ただし、エスニック調のテクノ、トライバル感覚のファッションやジャケットやパーティ・デコ(装飾)に象徴されるゴアトランスは、いわば今日的トランス・テクノの代表格であり、何をおいても外すわけにはいかない。というわけで、まずはそのゴアトランスのルーツを辿っていくとしよう。
 とはいえこれを電子音楽だの民族音楽の起源にまで遡ると、どうにも話が収拾つかない。宗教的/呪術的儀式における音楽やリズムの役割は、たしかに今日的なトランス・テクノの機能を人類史のスケールにまで敷衍したものであり、そこには当然シャーマニズムなどとの類縁性が指摘されるのだけど……のっけからそういう切り出しだと、にわか胡散臭くなること請け合いなので……あくまでもテクノの文脈からはじめるとする。
 時は90年代初頭、フランクフルト等の南ドイツの都市で生まれたメロディアスかつ(アナログ・シンセ特有の)ブリブリとはじけるような音色や澄み切ったストリングスなどの音色をふんだんに盛り込んだテクノ……これこそ「トランス」のルーツだとする見方がある。ハートハウスやEYE-Qといったレーベル、スヴェン・ヴァースやジャム&スプーンといったアーティストが、いわゆる当該のジャーマン・トランスの代表であり、初期ハードフロアあたりのグニュグニュ感もこれに重なってくる。無機質なミニマルの対極にある、ドラマ性や“泣き”の入った(歌モノもあるため、ひとつ間違えると歌謡曲やポップスにも近い肌合いすらある)ムーディーで煽情的なテクノだ。
 かたやイギリスでも92〜3年頃から、おりしも全英を覆っていたレイヴ・ムーヴメント(野外における自律的/解放的なパーティ文化)、ないしはニューエイジ・トラヴェラーといった趨勢の中から、民族楽器や原住民の声、エスノ音階などを取り入れ、シンセやサンプラーなどの電子音によって構成されたワールドミュージック調のテクノが擡頭してゆく。これがいわゆるUKトランスで、トラヴェラー系ネオサイケ・スペースロックバンド、オズリック・テンタクルズの別ユニットからスタートしたイート・スタティックやバンコ・デ・ガイアのようなメガドッグ系、あるいはアート・オブ・トランスやユニオンジャック等のプラティパス・レーベル系のアーチスト等が有名。宇宙と原始を同時に彷彿とさせるようなこれらのサウンドをよりハードにアレンジしていけば、今日的なゴアトランスへと意外なくらいスムースに流れこんでいく。
 さて今日のトランス・ブームの立役者たる当該のゴアトランスは、そのネーミングのとおり、アラビア海に面したインド西部のリゾート地ゴアに根ざしたサウンドの総称といわれている。15世紀末ポルトガルによって占領され、早くから植民地文化を開花させていたこの地域は、今世紀後半にようやく解放〜独立自治を獲得し、かつまた60年代対抗文化が終焉を迎えて以降も、世界じゅうのいわゆるヒッピーの聖地としてその名をはせ、やがて満月のビーチで夜を徹して音楽をかけ、大自然の只中で時‐空を忘れて踊り騒ぐ(自発的で無償の)パーティが連日のように催されるようになる(このへん、かなり大雑把な通史的説明)。80年代末のパーティでかけられていたのはもっぱらニューウェイブやプログレだったらしいが、それが92〜3〜4年頃から(上記のような)ユーロ産トランスが積極的に取り入れられるようになり、かの地のDJはより“激しく”より“トランシー”で、踊れてハマれるサウンドを求めていくようになる。それに応えるかのように、世界じゅうの“濃ゆい”サウンド・クリエイターが粋をつくしてこしらえた酩酊感と覚醒感=トランシーなエッセンスを集約した音楽……それがいわゆるゴアトランスなのだ……といって、何となく音の雰囲気くらいは想像していただけただろうか?
 付言すれば、このゴアのビーチで行なわれたパーティがその原形にあるとはいえ、ゴアという地名はすでにほとんど符丁でしかないくらいに、ゴアトランスそのものは90年代中盤以降、世界的なスケールでもって(先進各国の都市と周辺地域で)シーンが形成されていることは、前もってことわっておくべきだろう。サウンド・クリエイターもDJも、ヨーロッパからイスラエルにオーストラリア、東欧に南アフリカに日本、台湾などに点在し、ほぼ同時進行的な歴史と発展を歩んでいる。その地域の多くが旧植民地圏であることは、ポスト・コロニアル社会とトランス・カルチャーののっぴきならない関係性を彷彿とさせるし、特定の社会背景と地域性抜きにゴアトラは成立しないというポイントは、文化研究的見地からもなかなか興味深いものがある。
GO NEXT
GO BACK
GO INDEX

管理者:plank3@t3.rim.or.jp

MiniBBS v7 + tcup